◆トリアシルグリセロール(TAG)分析法の開発

食用油脂の主成分であるトリアシルグリセロール(TAG)は、グリセリン骨格に3本の脂肪酸が結合した化合物です。天然には多数の脂肪酸が存在するため、その組み合わせによって膨大な種類の TAG 分子種が生じます(図1)。TAG の分子種や結合位置は、油脂の結晶性、消化吸収、機能性に大きく影響するため、正確な分析は食品化学において非常に重要です。

図1 トリアシルグリセロール(TAG)を構成する脂肪酸の種類と生成するTAG分子種の種類

当研究室では、TAG 分子種を簡便かつ高精度に評価するため、GC–FID(ガスクロマトグラフィー–水素炎イオン化検出器)を用いた汎用的な分析手法を開発しています。GC–FID は多くの分析機関で利用可能で、装置導入コストも比較的低いため、日常的な TAG 評価に適した方法です。本手法は、ココアバター、パーム油、キャノーラ油など天然油脂に適用した場合も文献値と良好に一致し、再現性の高い分析法であることが確認されています(図2)。現在は、油脂の品種・加工条件・精製工程による TAG 分布の変化評価や、食品開発・品質管理への応用を進めています。【公開論文】

図2 パーム油、ココアバター、菜種油のGC-FIDクロマトグラム

◆ステロール分析法の開発

食用油脂には、植物ステロール(フィトステロール)やトリテルペンアルコールが、「遊離型(フリー型)」と「脂肪酸やフェルラ酸と結合したエステル型」として存在します(図3)。これらは油脂の機能性、酸化安定性、加工特性、さらには香気成分との相互作用にも関わるため、総量だけでなく、遊離型とエステル型を区別して測定する分析法が重要です。

本研究室では、GC–FID によって、総ステロール、遊離ステロール、エステル型ステロールをそれぞれ正確に定量できる分析手法を構築しました。本手法は、植物油脂(菜種油・大豆油・米油)および動物油脂(ラード)に適用可能であり、実際の食品油脂におけるステロール組成を詳細に評価できます。【公開論文】

図3 ステロールの構造と油脂中のステロール組成

◆脂肪酸異性体の分析法の開発

脂肪酸は、同じ炭素数・同じ不飽和度であっても、二重結合の位置(位置異性体)や cis/trans の配置(幾何異性体) により、物性・機能性・代謝性が大きく変化します。特に trans-C18:1(オクタデセン酸)には、Δ4〜Δ16 の13種の異性体(図4)が存在し、食品中のトランス脂肪酸評価において極めて重要です。

図4  trans-C18:1の13種の異性体

そこで当研究室では、極性イオン液体カラム(SLB-IL111)を用いたcis/trans–C18:1 異性体の高分離 GC–FID 分析法を開発しました。この手法により、硬化油(水素添加を行った油脂)やバター(乳脂肪)に含まれる cis/trans–C18:1 異性体の特徴的な分布が明確になりました(図5)。【公開論文】

図5 硬化油およびバターにおけるtrans-C18:1異性体の分布

◆ヘリウム代替ガスを用いた脂肪酸組成分析法の開発

食用油脂の物性、酸化安定性、機能性は、その脂肪酸組成に大きく依存します。脂肪酸分析では一般的に、油脂を脂肪酸メチルエステル(FAME)へ誘導体化し、GC–FID によって分離・定量します。

従来、キャリアガスにはヘリウム(He)が使用されてきましたが、近年 He の供給不安や価格高騰が深刻化しています。そのため、食品・油脂業界全体で H₂(水素)や N₂(窒素)への移行が求められています。

当研究室では、日本油化学会の共同研究(11機関参加)の代表として、H₂・N₂ を He の代替キャリアガスとして使用可能とする脂肪酸分析法を構築し、公式法として十分な精度と再現性を持つことを明らかにしました(図6)。これにより、持続可能で安定供給可能なキャリアガスを用いた脂肪酸分析が可能となりました。【公開論文】

図6 H₂や N₂をキャリアガスとして用いた際の脂肪酸メチルエステル混合標準品(Supelco 37 FAME Mix)のクロマトグラム