◆ TAG結合位置による脂肪酸の体燃焼性に関する研究
トリアシルグリセロール(TAG)は、sn-1・sn-2・sn-3(α・β・α)という3つの位置に脂肪酸が結合しています。同じ脂肪酸であっても、どの位置に結合しているかによって、消化酵素(リパーゼ)での切れ方、吸収効率、体内での β酸化(燃焼性)が大きく異なることが知られています。
当研究室では、安定同位体13C で標識した脂肪酸を特定の sn-位置に結合させた TAG を化学合成し、マウス呼気中の 13CO₂ を測定することで、その脂肪酸がどれだけ“燃焼されたか(β酸化されたか)”を定量解析する方法を確立しました(図1)。

図1 安定同位体でラベル化したトリアシルグリセロールの構造
その結果、以下の点が明らかになりました(図2)。【公開論文】
- 飽和脂肪酸(パルミチン酸)は、β位置(sn-2)に結合したとき最も効率よく吸収・代謝され、燃焼される。
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α位置(sn-1,3)にある飽和脂肪酸は、消化時に遊離脂肪酸となり、カルシウムと結合して不溶化するため排泄されやすく、β酸化にほとんど回らない。
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オレイン酸・リノール酸など不飽和脂肪酸は、結合位置やカルシウムの影響を受けにくく、安定して吸収・代謝される。
この知見は、特に乳児栄養(sn-2 パルミチン酸の重要性)との関連が強く、母乳脂肪と粉ミルク脂肪の違いを科学的に説明する基盤となっています。

図2 TAGにおける結合位置がパルミチン酸の燃焼性に及ぼす影響
◆ 多価不飽和脂肪酸の体内動態の評価
ドコサヘキサエン酸(DHA)やアラキドン酸(AA)などの多価不飽和脂肪酸(PUFA)は、脳・神経系の発達、視覚機能、炎症調節など、さまざまな保健機能を有することが知られています。これらの PUFA は体内でほとんど合成できず、食事から摂取する必要があるため、“必須脂肪酸”です。
当研究室では、食品として摂取された DHA や AA がどのように吸収され、どの臓器へ運ばれ、どのような生理機能を発揮するのかを明らかにするための研究を行っています。
その中心となるアプローチが、重水素(D)で標識した安定同位体脂肪酸の利用です。DHA・AA を重水素標識化して動物に投与することで、体内での吸収速度、血漿・肝臓・脳などへの取り込み動態、β酸化を含む代謝経路を高精度で追跡でき、食事由来の PUFA が いつ、どこで、どれだけ利用されるのか を直接可視化できます(図3)。

図3 安定同位体ラベル化多価不飽和脂肪酸を用いた代謝研究
さらに動物試験により、以下の発見が得られました(図4)。【公開論文】
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(+2)AA はホスファチジルコリン(PC)として海馬と小脳皮質に集積する。
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(+2)DHA も同様にPCの形で海馬と小脳皮質に蓄積する。
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食事由来の DHA・AA が、どのPC分子種として脳に組み込まれるかを世界で初めて可視化。
これはすなわち、“どの脳部位に、どれだけ食事由来の PUFA が入っているか”を直接観察した世界初の技術となりました。

図4 安定同位体ラベル化多価不飽和脂肪酸を投与したマウス脳のイメージング画像
◆ 妊娠期・授乳期における DHA の母子移行の研究
近年では、胎児期および乳児期における DHA の役割にも注目しています。
妊娠期・授乳期の母親が摂取した DHA が、
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胎盤を通じて胎児脳へどのように移行するのか
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母乳を介して乳児脳へどのように供給されるのか
を解明するため、重水素標識 DHA を用いた母子移行モデルを構築しています。
この手法により、
母体 → 胎児 → 乳児へと連なる DHA の移行経路を定量的に追跡でき、
妊娠期・授乳期における DHA 摂取が、脳・神経系の発達に果たす栄養学的意義を明確化しています。
