なぜ赤ちゃん用の粉ミルクに「豚脂」が入っているの?
子育てをしていると、粉ミルクを使う機会があると思います。
粉ミルクは、母乳の代替として開発された食品であり、栄養成分をできるだけ母乳に近づけるよう設計されています。
例えば、3社の粉ミルクとヒト母乳の脂肪酸組成を比較すると(図1)、どの製品も母乳に近い脂肪酸組成になっていることがわかります。

図1 3社の粉ミルク(A社、B社、C社)とヒト母乳の脂肪酸組成
しかし、この「母乳らしさ」を実現するために使われている油脂は、実はメーカーごとに異なります。
原材料表示を見てみると、
- A社:食用油脂(パーム核油、パーム油、大豆油、エゴマ油)
- B社:食用油脂(パーム油、パーム核分別油、大豆白絞油)
- C社:食用油脂(豚脂分別油、大豆白絞油、パーム核油、精製魚油、アラキドン酸含有油脂)
となっています。
原材料は含有量の多い順に表示されるため、C社の「豚脂分別油」が最初に書かれていることに驚く方もいるかもしれません。
「なぜ赤ちゃん用のミルクに豚脂を使うのだろう?」
実はそこには、母乳を再現するための重要な理由があります。
脂肪酸の種類だけでは母乳は再現できない
母乳や食用油脂の主成分は、トリグリセリド(中性脂肪)です(図2)。

図2 トリグリセリドの構造と脂肪酸の結合位置
トリグリセリドは、グリセリンという骨格に3本の脂肪酸が結合した構造をしています。
図1で示した脂肪酸組成は、このトリグリセリドを分解し、どのような脂肪酸がどれだけ含まれているかを測定した結果です。
しかし実は、脂肪酸がどこに結合しているかという情報は、この分析では失われてしまいます。
トリグリセリドには3つの結合位置(上から、sn-1位、sn-2位、sn-3位)がありますが、脂肪酸はランダムに結合しているわけではありません。
油脂ごとに特徴的な配置パターンを持っています。
母乳に特徴的な脂肪酸の配置
そこで、トリグリセリドの中央(sn-2位)に結合している脂肪酸だけに注目して分析すると、図3のような結果になります。
すると図1とはまったく違う景色が見えてきます。

図3 3社の粉ミルク(A社、B社、C社)とヒト母乳のsn-2位置に結合した脂肪酸組成
A社とB社はよく似た組成を示し、C社は母乳に近い組成を示します。
この違いは使用している油脂に由来しています。
パーム油では、パルミチン酸(C16:0)は主にトリグリセリドの外側(sn-1位、sn-3位)に存在し、オレイン酸(C18:1)が中央(sn-2位)に多く存在します。
一方、豚脂や母乳では逆の特徴を持っています。
つまり、母乳ではパルミチン酸(C16:0)が中央の位置に多く結合しているのです。
C社が豚脂を使う理由
そのため、母乳に近いトリグリセリド構造を再現しようとすると、豚脂は非常に都合の良い原料になります。
C社の粉ミルクは、脂肪酸の種類や量を母乳に近づけるだけではなく、脂肪酸が結合している位置まで母乳に近づけようとしているのです。
「C社が豚脂を使う理由」には、実は栄養学的な利点もあります。
なぜ母乳ではパルミチン酸が中央(sn-2位)に多く結合しているのか。そのことが赤ちゃんの栄養吸収にどのような影響を与えるのかについては、
別記事で詳しく解説していますので、ぜひご覧ください。
粉ミルクの開発というと、「栄養成分をそろえる」ことばかりに目が向きがちですが、実際には分子レベルで母乳を再現しようとする工夫が行われています。
原材料表示に書かれた「豚脂分別油」という一見意外な原料も、実は母乳をより忠実に再現するための技術的な選択だったのです。
スーパーで粉ミルクの缶を手に取ったとき、ぜひ原材料表示も見てみてください。
そこには、赤ちゃんのために母乳を再現しようとする研究者や技術者たちの工夫が隠れています。
※本記事の分析値は過去に取得したデータを用いています。粉ミルクは継続的に改良されているため、現在販売されている製品の組成とは一部異なる場合があります。
吉永

