なぜ低脂肪乳を見抜けなかったのか?〜牛乳の香りをGC-MS分析してみた〜
先日、研究室で「利き牛乳選手権」を開催しました。
用意したのは、
・タカナシ 低温殺菌牛乳
・森永 おいしい牛乳
・明治 おいしい牛乳
・明治 おいしい低脂肪乳
の4種類です(図1)。
図1 飲み比べした4種の牛乳
(森永と明治のおいしい牛乳対決は吉永の思いつきです。)
まずは銘柄を隠した状態で飲み比べを実施しました。
結果は――
9人中、全問正解者はまさかの1人。
研究室の学生たちはもちろん、日頃から牛乳を飲み慣れている私も、「ある程度は正解するだろう」と思っていました。
特に低脂肪乳は、一般的にコクが弱く、さっぱりとした味わいであるため、すぐに見分けられると予想していました。
ところが、実際には低脂肪乳を通常の牛乳と間違える人が続出しました。
なぜ見分けられなかったのでしょうか?
そこで、それぞれの牛乳に含まれる香り成分をGC-MSで分析してみました。
すると、メーカーごとの製法の違いと、官能評価で多くの人が間違えた理由が少しずつ見えてきたのです。
牛乳メーカーごとの「おいしさ」の作り方
実は、各社は異なる技術で「おいしい牛乳」を目指しています。
まず前提として、今回使用した4製品のうち、タカナシ低温殺菌牛乳を除く3製品は、いずれも超高温瞬間殺菌(UHT:Ultra High Temperature)によって製造されています。
しかし、同じUHT殺菌でも、各メーカーは加熱方法や加熱前後の処理に独自の工夫を加えています。
タカナシ低温殺菌牛乳
タカナシの低温殺菌牛乳は、66℃で30分間という比較的穏やかな条件で低温殺菌(Low Temperature Long Time;LTLT殺菌)する「愛情製法」を採用しています。
一般的な市販牛乳では120~140℃程度で数秒間加熱するUHT殺菌が採用されていますが、低温殺菌では加熱負荷が小さいため、生乳本来の風味が残りやすいとされています。
メーカーも「牛乳本来のほんのりとした甘み」を特徴として挙げています。
森永おいしい牛乳
森永は「インフュージョン殺菌」を採用しています。
高温蒸気中に牛乳を噴霧して瞬時に加熱する直接加熱法で、加熱時間を極めて短くできるのが特徴です。
その結果、
・加熱臭が少ない
・タンパク質変性が少ない
・生乳らしい風味が残りやすい
とされています。
明治おいしい牛乳
明治は独自の「ナチュラルテイスト製法」を採用しています。
牛乳中の酸素を大幅に減らしてから加熱することで、酸化によって発生する加熱臭やオフフレーバーを抑制する技術です。
生乳の自然な香りやすっきりとした後味を実現することを目指しています。
明治おいしい低脂肪乳
今回最も興味深かったのがこの製品です。
低脂肪乳は脂肪分を除去するため、本来であればコクやミルキー感が低下します。
そこで明治は、脂肪を除去した乳を「氷点濃縮」した乳原料を使用しています。
通常の濃縮は加熱によって行われますが、氷点濃縮では水だけを凍らせて除去するため、熱による風味劣化や香りの飛散が起こりにくいという特徴があります。
つまり、「脂肪を減らしながらも香りやコクを維持する」ための技術が使われているのです。
香りを分析すると見えてきたこと
GC-MS分析では、各牛乳で香気成分のパターンが異なっていました(図2)。

図2 牛乳の香気成分の分析結果
(図中の値は、各香気成分のピーク面積から算出した相対値であり、実際の含有量を示すものではありません。)
タカナシ低温殺菌牛乳
低温殺菌牛乳では、ヘキサン酸やオクタン酸などの脂肪酸が比較的多く検出されました。
これらの成分は乳脂肪由来の特徴的な香りに関与している可能性があります。
メーカーが特徴としている「牛乳本来のほんのりとした甘み」や自然な乳風味とも関係しているのかもしれません。
森永おいしい牛乳
森永おいしい牛乳は、全体として低温殺菌牛乳に近い香気成分のバランスを示していました。
インフュージョン殺菌によって加熱臭の発生を抑えることで、生乳らしい風味を維持している可能性があります。
私自身、子どもの頃は牛乳が苦手でした。しかし大学生の頃に森永おいしい牛乳を飲み、「これは飲みやすい」と感じたことを覚えています。
今回の分析結果からは、インフュージョン殺菌によって香気成分の組成が変化している可能性が示唆されました。
私が感じた「飲みやすさ」も、こうした香りの違いと関係していたのかもしれません。
明治おいしい牛乳
明治おいしい牛乳では、2-ヘプタノン、2-ノナノン、δ-デカラクトンなど、ミルキーで甘い香りに関与する成分が比較的多く検出されました。
明治が採用しているナチュラルテイスト製法は、加熱時の酸化臭を抑制する技術です。
その結果として、乳脂肪由来の甘い香りがより感じられやすくなっているのかもしれません。
明治おいしい低脂肪乳
興味深かったのは、脂肪分が低いにもかかわらず、明治おいしい低脂肪乳の香気成分のパターンは通常の牛乳と大きく変わりませんでした。
一般に低脂肪乳ではコクやミルキー感の低下が予想されます。
しかし、本製品では氷点濃縮乳原料が使用されており、単純な「脂肪を減らしただけの牛乳」ではありません。
風味やコクを補うための工夫が施されていることが、今回多くの人が低脂肪乳を見抜けなかった理由の一つなのかもしれません。
なぜ低脂肪乳を見抜けなかったのか?
今回の結果から考えると、「低脂肪乳=香りが弱い」というイメージは必ずしも正しくないようです。
むしろ現在の低脂肪乳は、さまざまな加工技術によって風味が補われており、私たちが想像する以上に通常の牛乳に近づいているのかもしれません。
牛乳売り場は技術の展示場だった
今回の利き牛乳選手権では、9人中8人がどこかで間違えました。
しかし、それは味覚が鈍いからではないと思っています。
むしろ各メーカーが、低温殺菌、インフュージョン殺菌、酸素制御、氷点濃縮といった高度な食品加工技術によって、「おいしい牛乳」を作り上げている証拠なのかもしれません。
牛乳売り場に並ぶ白いパックの中には、それぞれ異なる技術者たちの工夫が詰まっています。
次に牛乳売り場に行ったときは、パッケージの裏に書かれた製法にもぜひ注目してみてください。
そこには、各メーカーの「おいしさへのこだわり」が詰まっています。
吉永

